Death earth love-R 【7-8】

 

 

 

 

【七話】


「ごほっごほごほ」 
「・・・・・・・」 
風邪を曳いたようだ。 
熱を計ったら三拾八度七分もあった。しかし仕事にはいかなけば・・・。 
体がダルイが、数年前に50を超えてからはいつもダルイので気にしない。 

体温計も20年前以上前に買った奴だ・・・もしかしたら壊れているのかも知れない。 
どっちにしても天涯孤独になってしまった身で”もう少ししたら”死んだっていいのだ。 
「・・・・アルコール消毒した方がいいかな・・・・?」と独り言を言いつつ薄笑いしながら冷蔵庫を開ける。

昨日買った一本5,000円のビールを飲みながら会社に行くか・・・。 
酔っ払って事故って死ぬのもいいかな・・・。とか思う事もある・・・が一応やっておかなくてはイケナイ事があるのでそれが終わるまでは死ねない。死んで早く家族に会いに行きたい・・・とも思う。 


3年前に世界はとんでもない事態に追い込まれた。 
地上ほぼ全ての大陸が津波に飲まれてしまったらしい・・・。 
その日突然にそれまで普通に使えていたインターネットや携帯が使えなくなった。 
地元のテレビやラジオも初めは状況らしきニュースを数日放送してたが、スポンサーが無くなったのか、テレビは仕事として成り立たなくなって仕事をする必要がなくなったのか何も写らなくなった。 
たまに物好きが引き継いで自主放送しているのか札幌のSTVラジオ放送が受信できた。 

それまでのTV、雑誌、パソコン、携帯は全て生活にはほぼ無関係なものとなった。唯一なぜか固定電話だけは北海道に残っていた行政側で稼動させている様であった。 

あの事態の日から一週間もすると、俺の住んでいる士別市の彼方此方でもで暴動が起こったり、自殺する人間が周りにちらほら増え始めた。 
情報源はホボなくなってしまったのではっきりは解らなかったが、「多分北海道全体でそうなんだろうね・・・」て皆話していた。 

意外だったのは、元北海道警察の人達が主体となって治安集団を彼方此方に組織した事だった。そこで、なんとかぎりぎりの治安は維持されていた。 

そして、頻繁に飢えで死ぬ人も現れた。 
今までの仕事はこれから生きてく上で全く意味の無い事になっていたから、全ての生きていく意志を持った人たちは集団で米や野菜、果物を育てて生き抜いて行く事に必死になった。 
北海道は元々農業をやっていた人が多かったので、すんなりと自給の生活に入って行けた様だった。

3年経った今は、ほぼ全ての人が農業を営んで自給の生活を行っている。 
食料は自分で作るか、物々交換に頼るか、もしくは大量のお金を払って俺の様に人から売って貰わなければいけない。 

インフレーションは物凄い事になっているが、一応お金は物の価値の尺度として存在していた。 
俺はこの大惨事が起こる前に膨大な大金を得る事が出来たので、惨事前のレアな本州産ビールを飲んでいる。 

仕事場に行くのに車に乗っているが、ガソリンも1Lで福沢諭吉が一人必要な位だ。 

満タン約50リットルで55万。昔一時ガソリンが120円位から200円上がった時はビックリしたが、今は約100倍の金額だ。 

当然、クルマに乗っている人間は殆どいない、皆家にいて寝ているか、自宅の畑仕事をしていて出掛けるものは殆どいない・・・だから俺が酒を飲みながら運転していても咎める者は一人もいない。 

それでこの街では道路はほぼ完全に俺のマイウエイと化していた。 
たまに病気の人や老人を送ったり、荷物を届けたりするのには無償で引き受けていたから、思ったほど中傷はされてないようだった。 

愛車は1970年式の古いスポーツカーで自分が勤めていたクルマメーカーで言う所の名車だった。昔007という映画でボンドカーとして活躍してたというクルマだった。憧れていたクルマだったが、例の大金で手に入れる事が出来た俺の宝物だった。 
本当は日産の当時のZが欲しかったのだが、勤めてるメーカー以外のクルマに乗る訳にも行かなかった。 

しかし、こんな時代にこんなクルマを転がして農業以外の仕事をしているのは俺ぐらいかも知れない。
本当なら畑仕事をして自給自足して生きていかなければならなかった筈だ・・・。 

いつ死んでもいいと思っているので半ば自暴自棄気味でこんな事をしているのだが、死ぬ前にやらなければいけない事が一つあった。 

あの契約がなければ・・・・。 
あの大災害で死んでしまった・・・内地に残してきた妻と娘二人の元にすぐにでも行きたいのだが、大災害の少し前に俺は多分人間じゃ無い者と契約してしてしまっていた。 

俺は某クルマメーカーの技術者だった。 
年を取ったさえない窓際の中年。 
年功序列で役職に上がったのでは無いのだが、大抵数年に一度画期的な発明を偶然にするので何とか会社にはいられた。 

実際には一般に売れるクルマには付く代物では無い・・・物を開発する部署にいた。 
俺のいたメーカーのライバルには本田というメーカーがあって、アシモという歩行ロボットを作っていた。 
素晴らしい会社らしく夢があふれた機械に見えた。 

しかし、俺の配属された部署は夢ではなく死を司る様な物を作っていた。 
数十メートルのロボットや歩行戦車。 
しかし、不思議なことに実用前に必ず失敗する。 
神様は人を殺すものを簡単に作らせない様だ、神様は本当にいるのかも知れないと思った。 

俺がその部署でその様な機械を動かす為に設計した部品は全て正常に動いていたので俺の実績は評価されたが、部署としては存在の意味が無かった。 

部署消滅と共に愛知県から北海道に左遷が決まった。 
妻、子供に「一緒に北海道に行こう・・・」って話したが、妻や子供からも「一人で行ってよ・・・」と言われてしまった。 
家族に断られたその日、降格でも良いから、転勤は断ろうと役員室に向かった。 

いつも着ている薄汚れた白衣を脱いで綺麗なスーツに着替え、本社ビルの地下にある研究所を出た。
エレベーターに乗ろうとしたら、駆け足でエレベーターの中に飛び込んで来る者がいた。 
いままで地下の事務所で見た事のない小さな少女だった。 
だれだ?外部者は絶対入れない事になっている研究所だった筈だし、このフロアでは上司では無く・・・一応自分が担当で人事決定してるので自分の知らない者がいる筈無かった。 

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【八話】


エレベーターの扉が2度・・・ゆっくり閉まった。 
エレベーターが閉まりきる前に入ってきた一人の少女、誰なのかと考えている時にもう一度エレベーターのドアが開いて一人の女が乗り込んで来たのでエレベータールームの中は3人になった。 

女は俺の部下でもあり、数度スキンシップを計った事がある水沢かのりという課長代理職の女だった。 
研究職ばかりで統率者としてはカリスマ性にかける俺にとっては唯一頼りに出来る女性で、実際のフロアの実権は彼女任せだった。 

「部長・・・。見てください。この子を!」 
・・・と言われて俺は目の前に立っている子供を改めて見直した。 
上目遣いに見上げている金髪碧眼の少女だった・・・「うっ」なんだか見覚えがある気がしたのだが、急に眩暈がして俺はその場にへたり込んでしまった。 
「・・・頭が・・・あああ・・・・・お、お」 

イィィーーーンと耳鳴りが暫く続き、その後激しい頭痛がした後、段々思い出して来た。 
最近はこの様な頭痛と共にトランス状態になる時がある。トランス状態に陥った後は、頭の回転が物凄く良くなる様で今まで数々の問題やトラブルを解決する事が出来たのだった。 

しかし、この覚醒状態の期間のみ覚醒してた時間の記憶が戻ってくる。 

昔の普段の俺はなにも出来ない名ばかりの技術者だったが、数年前に入社して来た水沢がサポートに付く様になってからは、このような覚醒が起こり始め奇跡の様に実績が上がっていった。俺にとっては天使の様な存在に思えた。しかし・・・逆に俺は・・・。 

目の前にいる少女は覚醒した俺と水沢が秘密裏に一緒に作っていたミニチュア版のロボットだ。 
先日完成したこの娘を参考に、次は巨大な人型の兵器を作り上げていく予定だった。今までにどの国やメーカーでもそんな代物を完成させたとは聞いた事が無かった。 

自分が作り上げた兵器が世界を破滅に導いて行くのを考えると・・・不思議とワクワクした。・・・そう、昔読んだ「ジキルとハイド」様に覚醒すると俺は神がかり的な頭脳の持ち主になるが、それと同時に残忍な性格に・・・強いて言えば悪魔そのものの思想にになってしまう。 

戦闘兵器を作るのは芸術であり、人間がもっともテクノロジーを発展させて来た手段である。 
人間が積み上げて来たテクノロジーは、生活に関する分野は微々たるスピードでしか進化しない、しかし敵を倒す為に必死に考えた兵器などは恐ろしく早いスピードで進化してきた。 

元々、生物は生存競争の元に成り立っているから闘争するのは本能として当然なのだと思う。 
自然界もバクテリアをプランクトンが食べ、魚、小動物、大動物、人間へと生存競争の連鎖が続く。 
地球上では人間が首位に君臨している生物なので、戦う者を求めて人間同士で戦争が行われる。 
俺の行っている事は生物学的には正しいのだ!!と信じて疑わない。 

「部長〜また私の好きな長岡部長に戻られましたね・・・」と言って・・・かのりは唇を重ねて来た。 
いつも密会がこのようにエレベーターの中で行われてた。しかしシラフの時の俺はこの事をいつも覚えてられずにいるので、覚醒したばかりの時だと結構毎回新鮮だった。 

「部長は今社長の所に行こうとしてたでしょう?転属の件ですかね?相変わらずシラフの時はつまんない行動をしますねぇ〜」と言って彼女は俺の頬を右手の人差し指でツンツンと突付いた。 

「ふぉい・・・ひょっと指でおひつけぇるの・・・辞めろ」途中から右手を捕まえたので"辞めろ"だけちゃんとした日本語になった。 

彼女は覚醒した俺をコントロールすることに長けていた。そして多分人間じゃないと思う・・・この巨大な企業の力を利用して、俺だけの為に彼女が自在に端末や人事、金をコントロールして・・・俺が作りたいものを作れるようにサポートをしてくれている。 

開発していた物は、実際は全て完成させていた。 
会社に知れると、厄介である。 
使える部署と認識された途端に、やり手の幹部を送り込まれてこのフロアは他人に制圧されてしまうだろう。 

だから、99パーセントまで仕上げても、残りの1パーセントで失敗した様に見せかけることが重要だった。 

シラフの時の俺は完全に失敗したと思っているのだが・・・。 

彼女を強く抱きしめていると、彼女の背後にいる少女と目が合ってしまった。金髪の少女は無表情で俺達を見上げている。 

少女を作る事に関しては、俺にとっては実際は何も価値の無い事の様に思えてた。 

水沢かのりが《動作に関してのテスト用”に小型の物を!》と!珍しく強く要望したので造りあげたロボットである。基本設計に関しては俺の設計を基にしたのだが、かのり自身が色々手を加えてた様である。 
だから、この少女型ロボットは俺が創ったという実感が無い。 

・・・この少女が仕上がった時にかのりは涙を流して喜んだのである。しかし、単純な完成の喜びの涙とは違う様に感じた。 
何かこの世に恐ろしい物を生み出してしまった気がしている。 

そして、この少女型ロボットが傍らに寄ると俺は常に覚醒して天才的頭脳と悪魔的発想が持続する事が解っていた。 
俺は上手く利用されているに過ぎないかも。・・・しかし何故俺が選ばれたんだろう? 
しかし、日頃平凡な家庭を持つ事に幸せを感じてた筈の俺なのに・・・この覚醒した時の不思議な時間は麻薬の様に・・・抗えずにずるずると続いていた。 

---チンッ!---と音が鳴って、エレベーターのドアが開いた。 

3人で社長室の前にいる受付を素通りして、ドアを開けた。 

中に居た社長と女性秘書とがスケジュールの打ち合わせをしていた最中だった。 

女性秘書が驚いた様な顔をして、目を見開いて怒鳴った! 
「いったい、何事ですか!!それに子供まで!!」 
社長もしかめっ面をして座っていた椅子から立ち上がった。 

水沢がポツリと言った・・・。「STOP・・・」 
すると、女性秘書と社長の動きが止まった。 

・・・急に動かなくなった二人はマネキンの様だった。しかし、女性秘書はこちらに歩こうとしていた為、前足を浮かせたまま後ろ足で立ちすくんでいるのが見ていて違和感があった。 
社長が付けている年齢に見合わないロレックスデイトナの黒文字盤の針は止まっている様に見えた。が・・・卓上の時計の針は動いていたので、この社長室のこの二人の周辺だけ時間が止まっているらしかった。 

彼女は社長机の上のPCを操作し始めた。 

「部長、社長や秘書さんにいたずらしたらダメだよ。・・・この端末を最後に操作するだけだから〜この入力終わるまで待っててね。」と言った。 

客観的に見ると恐ろしい事をしているのだか、こんなことは彼女には朝飯前らしかった。 
なんでも出来て何でも創造してしまいそうに思える。何故俺なんか必要なのだろうか? 

今まで聞いた事無かったのだが、ふと自然に「かのりにとって俺は何なんだ?何故俺を巻き込むんだ?」・・・と聞いてしまった。すると彼女は不思議そうな顔をしてこういった。 

「あはは、おもしろ〜〜〜い、あなたは何万年も前から、何度生まれ変わっても同じ事ばっかり聞くんだね〜。人間は生まれ変わったら前の記憶を忘れちゃうから仕方ないけど・・・あなたは昔から人殺しの道具ばかり作っているの、あなたは私と遥か昔に契約してずっと一緒なんだよ。あたしはあなたのサポートする為に存在してるの・・・」 

「でもちょっと今回は面白いかな。私のあなたへのサポートも最終局面という所・・・太古から蓄積して来た人間のテクノロジーの集大成をあなたは作らなければいけない。私は必要な資金とモノを作れる環境を用意して来ただけです。」 

覚醒した今では自分がどのような物を設計して造って来たのか良く思い出せた。 
後に佇んでいる少女・・・彼女に要望されて仕上げたロボットさえも・・・今までのロボット工学とは一線を画して作り上げられているロボットだった。 

・・・いや、ロボットというよりは体のエネルギーの変換構造と素材が違うだけでほぼ人間と同じ。 

カーボンよりも強度がある繊維で織り込んだ組織、空気や光、水などからも動力源を得ることが出来る。 
引力の反方向に力場を掛ける物質を細胞単位で組み込んである為、この140cmぐらいの少女型ロボットの重量は可変でマイナス30kgからプラス30kgまで増減できる。 
この少女の構成を50m大まで拡大しても、反力場の関係で0kgの重量にすることが出来るし、力場を自在に使い分けることで自在に移動したり強烈な破壊力を得ることが出来る。 

体の周りには一定の力場の流れがあり、簡単な物質の衝突を受け流すことが出来るいわゆるバリアー的な見えない膜が掛ける事ができた。 
50m級になると至近距離からの戦車の砲弾も受け流す事ができるだろう。 

水沢がPCを弄っている間・・・日本の彼方此方の下請け会社から北海道に送られて組み立てられる筈の50m級の巨大な機械の事を考えていた。 
しかし、俺自身もその組みあがった代物をどのように使うのかは全く解らなかった。 

・・・水沢は「間も無く使う時がやってくる」と言う。 

しかし、完成には3年以上かかるのだ・・・。 
その為に俺は名古屋から北海道に移って、直接指揮してプロジェクトを完成させないと行けないという。今回の転属も実際は彼女が人事を操作して行った事らしい。 


PCを操作し終えて「アレがもう少しで起きる・・・もうのんびりしている暇はないから覚醒し続けてもらうしかないわねぇ〜」と彼女は言った。 

「あたしの役割はこの世界ではほぼ終わるから、あとはこの子にいろいろやって貰って頂戴ね」と彼女は少し寂しそうに笑った。 

室内が暗くなり、外の夕日が眩しく映るようになった。 
その時・・・小さな地震が起きて床に転がっていたゴルフボールがゴロゴロ転がって行った。小さな地震でも上層階だと結構揺れるのだ。 

「えっ?・・・もう来ちゃった・・・・。じゃあ、急だけど本当にお別れだね・・・」 

中腰で叩いていたキーボードから手を離して、彼女は俺の方に向き合った。 

顔を見ると泣いている様だった。逆光で涙に反射した微小な光が見えた気がした。 

「・・・私をあなたの奥さんにもして貰ってありがとう。何万年も前から一緒だったけど、結婚したのは今回が初めてだったね。」 

「なんだって?」俺は驚いた! 
「俺の妻とキミは違うだろ?俺には娘もいるし・・・」 

「・・・あたし・・・水沢かのりは体を複数持ってました。ここにいるあたしと・・・あなたと23年寄り添ったあなたの奥さんでもあるし、あたしが実際に生んだあなたの娘もあたしの意識が分化した、もう一人の私でした。情報を個別化する事で違う個体になっていたけど、統合すると全て私 
だったんです。」 

俺は訳が解らなくなった。 
「こんな子供のロボットなんかそばに要らないよ!!おれには今までキミしか居なかったって事になるじゃないか?なんで今までの様に一緒に居てくれないんだ???」 


彼女は俺の左後方側のビルの窓から見える景色を指差して言った。 
「もう来たわ・・・私は行かなければ行けない・・・これでお別れです。」 


後の窓の外を見ると、遥か向こうから黒い壁が名古屋の街を飲み込んで来ていた。 
黒い壁の一番上は、夕焼けが反射して陽炎のように朱色にゆらゆらと光って綺麗に見えて異世界の景色のようだった。 

窓の外から視線を戻すと彼女の姿は無かった。 
「さようなら・・・」っと小さな声だけ聞こえた。 
徐々に外の景色が暗くなっていった・・・。 



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【仇話】【壱拾話】 

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